なるほど。こんな景色なのか。納得するも根拠は無い。
漠然とそんな感覚がよぎり、頭に浮かんだ誰も知るよしもない私だけの感覚、感想が、声という公共的な道具に変化し、無意識に口をついただけだ。
かと言って周りに私以外の誰かがいる訳でもなく、公共的な道具はその役目を果たせぬまま弱い南風に流されていった。
どこがとは言えぬが確かに想像とは違う景色の中に立っている。何をするでもなくただただ立っている。見慣れた景色が、毎日通る道が、高いところに見える。あの道を通りながら、いつかはあそこに下りてやろう、と思い続けて早5年。ついにその日を迎え今こうして立っている。
川沿いを走る道にガードレールは無く、5メートル程下に幅30メートル余りの川が流れているのだが、川と言っても水が流れているのは中央のわずかな部分だけで、その両側は雑草達が生き生きと成長を続けており、所々に点々とビニール袋や空缶といった、いわゆるゴミの類に属する生活の残骸、色あせた巨大なカエルのぬいぐるみ等が落ちている以外は何も見当たらない。
一体どれだけの人間がこの場所を「川」と認識しているのであろうか。哀れな川よ。人々の心に安らぎを与えたいと願っているだろう。それがどうだ。ゴミ捨て場としか思われていないではないか。人々は心のオアシスよりも、不要なものを捨てられる巨大なゴミ捨て場の方が便利で有難いとでも思っているのだろうか。
しかし、かく言う私もこの場所に「川」は感じられない。ゴミ捨て場などと思うのは意に反するのだが、反論する余地も無い程至る所にゴミは点在している。上から見るとそれ程わからなかったのだが、雑草を掻き分けると出るわ出るわ地面が見えない程である。
心無しか雑草達が、荒んだ人間達の見方でもするかの如く証拠隠滅を企てているようにも思われる。雑草達め。なぜこんなに元気に育つのだ。枯れる気配など微塵にも感じられない。それどころか、これからが草生真っ盛りと言わんばかりに意気揚々としている。いかに成長するかという事しか楽しみがないのだろう。川に対する気持ちとは明らかに違うが、雑草もまた哀れなり。どれほど血気盛んな草と言えども、いずれは枯れる、或いは刈られる運命にあるというのに、何を生き急いでいるのだ。成長して立派な雑草になった所で雑草は雑草。哀れは哀れ。
などと雑草達を見下していると、腕にむずむずとした感覚。
ふと見ると左腕に蚊が一匹刺さっている。
本来ならすぐさま叩き潰すところだが、何やら悟りを開いたような錯覚に陥っている今の私の心は瀬戸内海のように広い。
さぁ、思う存分吸いなさい。どんなに腹いっぱい吸ったところで知れたもの。雀の涙、いや、それにも満たない血液を抜かれたところで私の健康状態に支障は無いが、君にしてみれば死活問題であろう。私の微量な血液が君の尊い命を救うのなら、吸って吸って吸いまくりなさい。
10秒後、私の右の手のひらには微量の血液と、無残にも変り果てた蚊の姿。
あぁ。瀬戸内海の広さも痒さには勝てぬのか。これからは東シナ海を目指そう。うん。東シナ海。新たな目標が決まったところで私はゴミ捨て場、或いは雑草天国と化した川を後にする。
コンクリート製のブロックが規則的に積まれた堰堤を這うように上る。途中三度ばかり足を滑らすも無事見慣れた風景に到達。ほんの数分ぶりの景色なのだが妙に懐かしい気持ちがするのはなぜだろう。
まさか私が川に降りて悟りを開いた気分に浸っている間に上の世界では何年もの歳月が流れていた訳ではあるまいに。
その証拠に、川に降りる直前に見た荒んだ人間が住む荒んだ家に干されていた荒んだ布団が、今も変わらず荒んだままだ。なんて事を考えている今も、上の世界に戻っているのは上半身だけで、腰から下はまだ上陸していない。足を堰提のつなぎ目にかけたまま辺りを見回すと右斜め前方からモソモソと犬。地面から上半身だけ見える私の存在に気付き警戒しているのであろう、10メートル程前方で立ち止まり耳を左右に倒し、目を合わせないように、それでいてチラチラとこちらを気にしながらモソモソしている。
私は彼の警戒を取り去るべく、静かに完全上陸を果たし、地面に膝を着いて口笛を吹いてみた。
10メートル前方でモソモソしていた犬は、警戒がほぐれたのか徐々に私との距離を縮め、最終的には私の膝に体を接触させてモソモソしている。
君はなぜそんなにモソモソしているんだい、何か悩み事でもあるのかい。
もちろん言葉として発した訳ではなく、心の中で問いかけてみた。
実は幼い時分にご主人様の息子さんから数々の虐待を受けまして、挙句この川に捨てられたのです。結局僕は息子さんの数あるオモチャの1つでしかなく、飽きて不要になったらゴミ扱いです。ほら、あそこ、僕と一緒に捨てられたカエルのぬいぐるみ「ケコタン」が見えるでしょう。孤独な生活を送ることを余儀なくされた今、寂しくなるとこうしてケコタンに会いに来るのです。
犬は波乱万丈な半生の複雑な胸の内を、心の声で私に打ち明けた。ような気がしたのだが、先程から私のズボンのポケットの匂いを夢中で嗅ぐ姿を見るに、おそらく気のせいだろう。
ところで犬よ、そこまでに夢中になるほどポケットが気になるのか。何気なくポケットを探ってみた。なるほど、これか。いつから入っていたのだろう、ミント味のガムが1枚。欲しいのか?しかしながらガムを、しかもミント味を好む犬など聞いた事もない。いいだろう、1枚しか残っていないが私は瀬戸内海、いや、東シナ海の身。遠慮なく食べるがよい。包み紙を開けてやると、ありがとう、と聞こえたような気がしたがこれも気のせいだろう。
ガムシャラにガムを噛む犬。
それを眺める私。
視線は犬に固定したままガムの包み紙を川に投げ捨てる。
南風は東風に変わった。
ほんの数分ぶりなのに妙に懐かしい雑草達の匂い。ケコタンの匂い。
挿し絵:入倉もん吉
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